大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和40年(オ)938号 判決

上告人

将光商事株式会社

右代表者

森脇将光

右訴訟代理人

長田喜一

(外二名)

被上告人

山口市

右代表者市長

兼行恵雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人長田喜一、同岡田俊男の上告理由第一点および第三点について。

原判決の確定した事実によると、(1)昭和三二年一二月頃当時被上告人山口市の市長であつた訴外長井秋穂は、自己個人のための金融を得る目的をもつて、市議会の議決を経ることがない等当時施行の地方自治法二三九条の二の制限に違反して、本件約束手形ほか一二通(金額合計一九、一一〇、〇〇〇円)の約束手形につき、振出人欄に市長印を押捺し、訴外水野繁彦をして右各手形の受取人欄以外の部分を全部記入させ、訴外富士物産株式会社を通じて上告人に対し提出交付したこと、(2)上告人は、右手形を取得するに際し、訴外池上清を山口市に派遣して、右各手形が果して山口市長長井の振り出したものであるか否かを調査させたところ、池上は、昭和三二年一二月一七日頃山口市に赴き、市長公舎において長井に面会し、右各手形振出の有無を確かめたのに対し、長井はこれを肯定したので、池上は、同市長をして、右各約束手形は正当に振り出したものに相違なく支払期日にはいかなる事由が生じても決済する旨の確認書(乙二号証)を作成させてこれを持ち帰り、ついで、上告人の代表者森脇将光も同月二二日自から山口市に赴き、長井に面会して同趣旨の確認をしたうえ、同市長をして、支払日には絶対相違なく山口市において完全に決済する旨の念書(乙三号証)を作成させたこと、(3)しかし、右池上も森脇も右の程度の調査をもつて満足し、右各手形の振出が山口市の予算の執行としてなされたものであるか否か、あるいは、山口市議会の議決を経てなされたものであるか否か等、右各手形振出の事情については長井市長以外に被上告人山口市の職員等につき調査して確かめることをしなかつたことなどが認められるというのである。

しかし、長井の右各手形振出については、前示地方自治法二三九条の二による制限があるのであるから、上告人が右各手形の割引に際しての調査にあたつては、右に示したような調査を当然行なうべきものであり、その調査は山口市吏員あるいは山口市議会等に確かめることにより容易に行ないえたはずであるから、上告人がこの調査を怠り、長井の言により右各手形が正当の手続で適法に振り出されたものと信じたとしても、その信じたことには過失があるから、民法一一〇条にいう正当の理由を欠くものとして、同条を類推適用することができないとした所論原判示は正当である。

所論は、これと異なる独自の見解に立脚するものであり、違憲の主張も名を違憲にかりて単なる法令違反をいうにすぎないものと認められるから、論旨はいずれも採用するを得ない。

同第二点について。

上告人の反訴を不適法とした所論原審の判断は正当として是認すべきであり、論旨援用の最高裁判例は、本件と事案を異にし適切でない。論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野憲一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

上告代理人長田喜一。同岡田俊男の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の違背又は、憲法の違反がある。

原判決は、上告人が、山口市職員等について手形振出の事情を調査せず同市議会の議決の有無を調査しなかつた過失があると云うのである。

けれども、この点に関する原判決は、地方自治法第二三九条の解釈を誤つたものであり、更に、民法第一一〇条にも反するものと考える。

それに憲法の保障する上告人の財産権をも侵害するものである。

第二点 <省略>

第三点 原判決は経験法則に違背する。すなわち、上告人は、当時の山口市の代表者である市長と直接面談し、かつ、充分な調査の上本件手形を受取つたもので原審の判断のごとくこれにも尚過失ありとするのであるならば力弱き人民が、行政庁との取引に関し、いちいち詳細な調査を求められることになり、それでは、到底取引をなすことは、われわれの経験則上まつたく不能なこととなる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例